カルト宗教にマインドコントロールされないためにはどうしたらいいのか?(私の体験を踏まえて)
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安倍元総理大臣の銃撃事件を機に、
「とある宗教団体」が連日ニュースになっています。
仮に、この「とある宗教団体」を「A団体」と呼ぶことにしましょう・・・。
私は、かつてこの「A団体」のセミナーに参加し、
合宿にまで参加したことがありました。
しかし、それでも私は洗脳されず、A団体には入信せずに終わりました。
その時の体験について語るとともに、自分がこのA団体にマインドコントロールされずに
済んだ理由について、私の考えるところを述べたいと思います。
もう20年以上前の話であり、記憶があいまいなところもあるのですが、
このブログを読んだ誰かの役に立つならば幸いです。
事の発端は、私が大学1年生のときです。
オウム真理教による大規模テロ「地下鉄サリン事件」から数年経った頃のことでした。
当時の私は、志望だった学部に落ちてしまったという失望感でいっぱいで、
大学という、規模も大きく広い世界の中で、
自分の立ち位置がわからず途方に暮れていました。
大学に入ったはいいものの、毎日毎日辞めたい辞めたいと思っていました。
そして、こんな自分から抜け出したいと強く思っていました。
そんな時です。街を歩いていると、
やさしそうな感じのいい女性から声をかけられました。
「手相の勉強をしているので、あなたの手相を見せてほしい」と言われたのです。
まあ、勉強しているんなら・・・と思って、気楽な気持ちで手相を見てもらいました。
すると、その女性は、
「ああ、親指に仏眼相がありますね・・・。
先祖から守られているんですね・・・。
この生命線もいい感じできていて、今がいろいろ転機になると思いますよ。
私がいろいろ学んでいる師匠がいるので、もっと人生をより良くするために、
一緒に学んでみませんか」
そんな感じのことを言いました。
その後の細かいやりとりは忘れたのですが、
その女性の勧めもあり、
私は、山手線沿線にあったセミナー会場に定期的に通うことになりました。
当時の私は、単純に「自己啓発セミナーに通っているんだ」という認識しかなく、
それが「A団体」の関連施設だとは全く知りませんでした。
このセミナー会場は、ビルの1室でした。
白を基調とした壁に囲まれた部屋で、
部屋の中はきれいに整理整頓されていて、
有線からは、オルゴール音楽が流れていました。
アットホームな感じで、ほっとするような空間でした。
カウンセリングルームのような感じです。
部屋自体に、一切宗教色はありませんでした。
「A団体」をにおわすようなものは何一つありません。
セミナー会場には個室があり、私はそこでいろんなビデオを観ました。
ダイレクトに「A団体」のビデオを見せられたわけではありません。
詳しいビデオの内容はもう忘れましたが、どちらかというとキリスト教を
彷彿(ほうふつ)させるような内容のビデオが多かったと思います。
その中でも唯一覚えているのは、「塩狩峠」という映画です。
キリスト教の信者であった鉄道の駅員さんが自分の身を犠牲にして、
多くの乗客を鉄道事故から救ったという実話を元にした映画です。
キリスト教の隣人愛、自己犠牲精神に満ち溢れた映画でした。
これだけは今も覚えています。
ビデオを観た後は、今日のビデオを見てどう思ったとか、
何について悩んでいるかについて話すなど
カウンセリング的なセッションが必ずありました。
私用にカリキュラムが組まれていたのかはわかりません。
セミナーは、毎回、前半のビデオ鑑賞、後半がカウンセリングといった流れで
行われていました。
「塩狩峠」の映画やビデオにはいろいろ考えさせられることもありましたし、
セミナー自体は楽しく、セミナー会場にいる方々もとても献身的でやさしい人たちでした。
それでも、時々「?」と思うことがありました。
いくつかの「?」
まず、宗教施設ではないといいながら、
セミナーの教材としてキリスト教的なものが用いられていることが多いことがあげられます。
それについて、聞いたところ、
「キリスト教というわけではないが、世界で一番読まれている本は聖書だし、
自己啓発をしていく上でキリスト教の考え方が参考になるので、
エッセンスを取り入れているだけだ」
と説明されました。
これについては、「ああ、そうなんだ」と素直に納得しました。
今でも「論語の考え方をビジネスに生かそう」、
「孫子の兵法をビジネスに生かそう」系の本があったりしますよね?
そういう類のことなんだろうと、当時は思ったのです。
それから、私はセミナーを受けるにあたって、家系図を書くように言われたのですが、
家系図を見た先生から、
「子供がいなかったり、女性ばかりだったりするので、
先祖の因縁もあって、絶家に向かっている」
「いろいろ勉強して因縁をよく出来たらいいね」
と言われたことが上げられます。
「絶家」・・・ってかなり強い言葉ですよね。それも「先祖の因縁」って・・・。
私の父には、兄弟が多いのですが、
男の兄弟は、結婚していなかったりする人も多く、
4人いる男の兄弟で子供がいるのは、うちの父とすぐ上の兄だけ。
そしてうちの父の子は、娘である私一人です。
つまり男が減っているから「絶家(ぜっけ)」に向かっている・・・というわけです。
これは、むむむ・・・と思いました。
要は、男性が減り、女性ばかりになっていくと
「絶家になる」って言いたいわけですよね・・・。
私は、わりとジェンダー意識が高い方でしたので、
この発想には納得が行きませんでした。
実際、納得が行きかねるという話をセミナーの先生にしたことがあります。
そうしたら、先生からは、
「まあ、どちらかというと、
男性の方が主体になることが多いからそういう考え方があり得るわけで、
もちろん、女性を軽視しているわけではありませんよ」
と言われました。
ただ、私はそれで納得できたわけではありませんでした。
それから、カウンセリングを受けていた時のこと。
私が、「こう思う」「ああじゃないか」ということを、あれこれ考えて
自分の言葉でいろいろしゃべっていた時、
一度だけ先生から厳しく静止されたことがありました。
要は、私が自分でいろいろ考えてしゃべりすぎだということ。
もっと、自分の人生を良くしていくために人の話を聞き、
それを受け入れるようにしなさいと言われました・・・😕。
このように、いくつかの「?」はあったのですが、
セミナー自体は楽しく、先生や他の人たちも優しかったので、
そのままセミナーに定期的に通い続けていました。
そうしているうちに、1泊2日の合宿に行きませんかと
誘われました。もう20年以上前のことだったので、
合宿の場所がどこだったかは忘れましたが、海の近くだったことはよく覚えています。
私は、大学のサークルの合宿だと親に嘘をついてこの合宿に参加しました。
合宿の内容は、1日に何コマかの講義があり、朝食、昼食、夕食付でした。
講義は、優しそうで紳士的な男性の講師が担当していました。
講義の詳細は、忘れましたが、
たしか、「今の日本は堕落してしまっている・・・。そうした日本を救うには、
メシア(救世主)のような人が必要だ」といった内容が盛り込まれていました。
講義自体は、楽しかったと思います。笑いありの講義でした。
後から聞いた話ですが、当時その講師の先生が、
「私がもっとも講義を熱心に聞いていた」と言っていたそうです。
ただ、先述した疑問点等も相まって、
私の中では何か熱中できないなという思いがありました・・・。
朝食・昼食・夕食付だったのですが、
これがどれも素晴らしく美味しかった😃。
合宿の運営をサポートしていた人たちの手作りだったのですが、
どれも本当に美味しかったです・・・。
一緒に合宿に参加していた人たちとも、海辺で遊ぶ機会がありましたが、
みんな優しくピュア。いい人ばかりでした。
居心地が良かったですね。
合宿に参加することで、参加者たちの仲間意識は高まっていました。
この合宿に参加していた人の中に、同じ大学に通う女性Bさんがいました。
同じ大学に通っているというよしみもあり、私はこのBさんと親しく
会話を交わしていました。
そうして、合宿から帰ってしばらくして、
大学のキャンパスを歩いていると、
私に声をかけてきた女性がいました。Bさんでした。
Bさんと再会できて「おお~!!😄😃」となり、
そのまま、Bさんに連れられて、大学構内にある一室に行きました。
し、か、し・・・。
その部屋のところに掲げられていた「サークル名」を見た時、
私は、全身が凍り付いてしまいました。
おそるおそる・・・Bさんに
「ここって、A団体のサークルだよね?」
って聞くと、
Bさんは、さらりと「そうだよ、A団体のサークルだよ」
と言いました。
そう!!
手相を見させてほしいといってきた人も、
その後のセミナー会場の人も、合宿の人たちも、
Bさんも、 皆、「A団体」の人だった!!
そして、セミナーも合宿も、「A団体」の信者獲得兼マインドコントロールのための
ツールだったああああああああ!!
私は、全てを悟り、
その場は何とかお茶を濁してやりすごしたものの、
その一室を出てから、Bさんらからの連絡を、徹底的にブロックしました。
当時は、オウム真理教による地下鉄サリン事件から数年後の時期でしたから、
いわゆるカルト宗教に対する拒絶反応は、とても強い時代だったと思います。
A団体が霊感商法や違法献金問題でいろいろ問題になっていたことは、
もちろん、当時の私も知っていました。
なので、Bさんが「A団体」の信者であるとわかった時点で、
絶対逃げなければという思いでした。
そうして、携帯をブロックし、セミナー通いも辞め、
大学でもしばらく見つからないようにした結果、
連絡や接触は一切無くなりました・・・。
こうして、私は、「A団体」の信者に取り込まれずに済んだわけですが、
一時期は、わりとセミナーに参加したり、
合宿にも参加したりしていました。
それでも、私は信者にもならず、マインドコントロールもされませんでした。
今回の事件があって、A団体のことが明るみになったとき、
あのときどうして自分は信者にならなかったのだろう?
マインドコントロールされなかったのだろう?と考えるようになりました。
もちろん、A団体と知るまでの洗脳期間が短かったからだとか、
そういう見方もあるかもしれません。
でも、私は、自分がマインドコントロールされずに済んだ理由は、
次の2つだと思っています。
そして、この2つこそが、
カルト宗教からマインドコントロールされずに済むための予防法なのだ
と思っています。
①宗教リテラシーが高かった
私は、もともと神社仏閣が大好きで、中学・高校時代には、
東京やその近辺の神社・仏閣をめぐっていました。
神社仏閣の建物自体も好きだったのですが、神社・仏閣が醸し出す
何とも言えない神聖な空気の中に身を置くことが大好きだったのです。
神社のご祭神のことを調べたり、お寺に祀られている仏様のことを調べたりすることも
大好きでした。「古事記」のお話も大好きでしたね。
私の家は、父方も母方も禅宗である曹洞宗でしたが、
法事の時には、「般若心経」が読まれていました。
高校性のとき、ふと「般若心経」の意味を知りたくなり、
書店で「般若心経」について解説した本を買いました。
解説を読めば、読むほど、
この般若心経は、「今、この俗世を生きている人」に向けて説かれたものであり、
決して死者に手向ける内容のものじゃないことがわかりました。
にもかかわらず、法事やお葬式のときなどに、
お坊さんが位牌の方に向かってこの「般若心経」を唱えるのが、
不思議で不思議でしょうがありませんでした。
おかしいんじゃない?って思っていました。
そうした疑問から、仏教の開祖であるお釈迦様の一生や、
お釈迦様が説いた教えについてもかじってみました。
高校生だったので、もちろん理解力には限界がありましたけど。
でも、学んでいると、
仏教は、あくまで「生きている人が生きやすくなるための教え」であり、
お釈迦様自体、死後の世界について語ったり、
お墓をたてろと語ったりしたことはありません。
生きている今に注力しろといっているのです。
そんなわけですから、本当の仏教は、
仏罰が~とか、亡くなった先祖が地獄で苦しんでいるとか、
先祖の因縁が~~とか
そんな話には決してならないんです!!。
ましてや先祖を救うために多額の献金をしろ!!
なんてこともあり得ないわけです!!
私が、A団体にマインドコントロールされなかったのは、
日本古来からある神社や神道の教えが大好きであり、
仏教の「ほんもの」部分に触れていたのが、
やっぱり大きいですね。
絵画等に対する目を養うには、
一流と言われる絵画を観続けるしか無いと言われます。
舌の肥えた人になるには、
美味しい、一流と言われる料理をしょっちゅう食べている
ことが必要だと言われます。
要は、「ほんもの」「一流のもの」に触れることでしか、
目や舌を肥えさせることができないのです。
じゃあ、宗教リテラシーを高めるには?
もうわかりますよね?
一流といわれる教え、原点に近い教え(何千年以上も残っている教え)を学ぶことです。
「ほんもの」に触れることです!!
仏教ならば、お釈迦様の一生やお釈迦様が説いた内容を学ぶこと、
般若心経について学ぶこと、
キリスト教ならは、新約聖書の内容自体を学ぶ、
ということです!!
そういう、「一流」の教えに触れていると、
まがい物、偽物の宗教にのめり込まなくなります。
「一流」の教義を学んでいると、まがい物の宗教はつぎはぎだらけで、
「???」なところが多いと感じるんですね。
まがい物に対して、一種の「免疫」が出来るわけです。
一流といわれる教え、原点に近い教え(何千年以上も残っている教え)を学び、
免疫をつけること、
これが、カルト宗教にマインドコントロールされないための1つ目の予防法です。
②「特定の人、思想を盲信しない、絶対視しない」癖があった
私は、
「どんな人も、所詮人間である以上、欠陥がある。
欠陥がある以上、間違った言動をすることもある。
そして、欠陥がある人間が作った思想、制度には必ず欠陥がある。」
と常に思っています。昔からそうです。
そう思っているので、
どんなに素晴らしい人や魅力的な人を見ても、
まあ、人間なんだし、この人にも欠陥があるだろう・・・と思います。
また、どんなに素晴らしい思想を目や耳にしても、
まあ、人間が作り出した思想なんだから、どこかに欠陥があるだろう・・・と思います。
そう思っていると、どうなるか?
特定の人や思想を、絶対視したり、盲信したりしなくなるのです。
これは宗教に限らない話だと思います。
よく、人気のyoutuberに対して、
「〇〇さんについていきます!!」「〇〇さん最高!!」
なんていうコメントを見かけることがあります。
単なるリップサービスではなく、本気で思っているならば、かなり危険です。
特定の人を盲信することになりかねないからです。
こういう人は、非常に危ない!!
人間である以上、間違ったことも言うし、間違った行動をすることもある・・・
そして、そんな不完全な人間が作り出した思想や制度にも欠陥がある・・・
そういう一種の「冷めた目」を持って、一歩引いてみるという姿勢が大事です。
要は、どんな話も「参考にする」程度にとどめておくということです。
悩んでいる時に、人はどうしても「正解」をぱっと言ってくれる人を頼りがちです。
そういう人に頼った方が、ラクだと感じてしまうようです。
しかし、残念ながら、それは「正解」ではありません。
あなたにとっての「正解」は、あなた自身で見つけていくしかありません。
それは、時に辛い作業になりますが、
自分で探し続けることでしか、あなたにとっての「正解」にはたどり着けないのです。
「特定の人や思想を盲信したり、絶対視したりしない」癖をつけること、
これが予防の2つ目です。
悩んだり、落ち込んだりしたときに、
心の中には、ある種のスキマが生まれます。
カルト宗教は、そうした心のスキマを狙って、
あなたの心に入り込んでくるのです。
自分は絶対マインドコントロールされない、
と思うのは、大変危険です。人間は意外ともろくて弱い。
いざとなったら、
自分もマインドコントロールされかねないと思い、
上記2つの予防策を講じておくことをおすすめします。
上記2つの予防法は、どちらも、同じくらい超重要です!!
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